問題1

中城城の城主護佐丸が建てたといわれるグスクはどれ?

A

首里城

B

勝連城

C

座喜味城

 

座喜味城跡は15世紀頃、護佐丸によって造られたといわれています。

問題2

昔から中城村で現金収入源として多く栽培されていた砂糖の原料となる作物は?

A

B

C

サトウキビ

 

サトウキビは貴重な現金収入源として琉球王国時代から栽培されていました。現在の中城でも基幹作物として多くの畑で栽培されています。

問題3

2016年に中城村にできた資料図書館の名前は?

A

ごさまるハウス

B

中城村護佐丸歴史資料図書館

C

吉の浦図書館

 

正解は 1の中城村なかぐすくそん護佐丸ごさまる歴史資料れきししりょう図書館としょかん
 長いけど・・・ぜひ覚えてね!

問題4

歴史の道中城ハンタ道は、首里向けに○○Km続いている道です。

A

8.2km

B

6.9km

C

10.5km

 

中城ハンタ道は首里グスクを起点とし、西原の幸地グスク、中城の新垣グスク、中城グスクを通り、東海岸をぬけ勝連方面へ向かう道です。

問題5
この写真の石積み方法の名前はなんでしょうか?
A

野面積み

B

相方積み

C

布積み

問題6
中城村伊集で行われている伝統行事は?
A

ごさまる祭り

B

ターファークー

C

パーランクー

 

伊集のターファークーは中国から移民してきた久米びん人36姓によって伝えられたと言われています。現在、ターファークーを受け継いでいるのは伊集だけです。沖縄県の無形民俗文化財に指定されています。

問題7

歴史の道中城ハンタ道のハンタという意味はどれですか?

A

石畳いしだたみ

B

がけ

C

あなた

 

ハンタとは沖縄の言葉で崖や端を意味する言葉です。歴史の道中城ハンタ道は崖沿いの道であることから、地元でハンタ道と呼ばれていました。

問題8

中城城跡内に実際にあったものは次のうちどれ? 

A

診療所

B

郵便局

C

役場

 

1908年、中城間切役場から、中城村役場となり、中城城跡一のくるわにあった建物を増築して使用していました。当時の役場はチャーギ(和名:イヌマキ)でつくられていました。

問題9
糸蒲の塔は何の塔?ふつう14糸蒲の塔
A

昔集落があった記念碑

B

戦争で亡くなった人のための慰霊碑

C

田芋発祥の記念碑

 

糸蒲の塔は沖縄戦で犠牲となった人たちの遺骨を集め安置している場所です。南上原一帯は熾烈な戦闘によって多くの死者を出した場所です。戦後、南上原の青年団を中心とした住民によって遺骨が集められ、この場所に塔を建て安置しました。現在は約800柱の御霊が祀られています。

問題10

中城村内にある日本軍が構築した

高地陣地はなんでしょう?

A

161.8高地陣地

B

中城高地陣地

C

北上原高地陣地

 

標高161.8mの場所に建てられた高地陣地です。敵の目をあざむくためなるべく自然の岩に近い形でつくられています。北上原の石工5~6名や住民20~30名ほどで、軽便鉄道の鉄骨と松の木を基礎としコンクリートを固めてつくられました。

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